2007年07月21日

カラオケ健康法 パートV

今回はカラオケ健康法、精神面です(*^_^*)

ピーメンは今まで作詞家の先生方にずいぶん失礼をしていたの
かも知れません。歌詞をじっくり味わってみると、その素晴らしい
こと!!

他人の歌を聴くときも画面に現われる歌詞を注意してみていると
ずいぶん味わえます。歌のジャンルは関係ありませんね。

例えば、”百万本のバラ”加藤登紀子さんで知られていますがもとは
ロシアのポップスで、アーラ・プガチョワという歌手がロシア語で
歌っていたそうですね。

貧しい絵描きが小さな家を売り払って片思いの踊り子にありったけの赤いバラを買って窓辺の広場いっぱいに敷き詰めるという話。

これはグルジアという国での実話だそうで、ニコ・ピロスマニという人物がモデルになっているそうです。
(死後認められてグルジアの国民画家として評価されているそうです。それでなければ歌やワインになりませんね。)

一方、吉田拓郎の”落陽” こちらは、サイコロ賭博ですってんてん
になってフーテン暮らしのおじいさんのことを歌っています。
♪どこかで会おう 生きていてくれ・・・

どちらも”不器用な生き方しかできない人に対する作詞者の愛情”
が感じられるような気がします。

何か”生き方がヘタな人”のほうが歌になりやすいみたいですね。
そして”生き方がヘタな人”の方が意外とうまく歌えたりして・・・

そんなこんなで、色んな歌の歌詞が”カウンセリング”をしてくれて
いるように感じました。カラオケのお店のマスターには、
「落ち込んだときはこんな歌」とか、「元気が出るのはこんな歌」
とか「歌のおすすめメニュー」なんてのも面白いかと話して来ました。
posted by ピーメン at 01:02| Comment(2) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
歌は本当に慰めになりますね。
以前はメロディーだけに嵌ってましたが、最近は歌われている内容にもときどき気を向けるようになりました。

 ピーメンさんとは多分一回り世代が違うと思いますが、私の育った頃は、ラジオが唯一の音楽の源で、そのころの流行歌は今聴くと懐かしいです。

 当時は、学校で、流行歌など歌ってはならない、と指導され「優等生だった」パウェルは努力して唱歌やクラシックを聴くようにしていました。
 それと、歌詞の内容が子供に私たちには理解できず、紋切り型に思えたものです。

 ところが、先日車の中でラジオ深夜便から拾った戦争直後当時の歌を聴いていたら、貧しかった日本、結婚も親の意志で決められ、好きだのなんなんなどは口が裂けても口外できなかった時代の人々の哀切がひしひしと伝わってきました。

 それに、都会に対する憧れは、今のニューヨークやパリに匹敵するものがあったようです。正に「夢の東京」だったわけです。

 そんなことを考えながら、歌が、本当にその時代の人々の慰めと支えになっていたのだなあ、学校の先生が言ったのは大変な間違いだったと思った次第でした。

 
Posted by パウェル at 2007年07月24日 10:10
パウェル兄
ピーメンが最近思うこと。何かを造るとき
造り手は造られたものに必ず”愛情”をもつのではないかということ。

職人さんの作品、杜氏さんのお酒、マンガ家の描くキャラクター、作詞者作曲者にとっての歌・・・

だから歌も”愛情”を持ってつくられていますね。

もっと言えば創造主の神様(名前はYHWHでもアッラーでもキリストでもダルマでも、親神さまでも、とにかく”創造主)は、被造物を愛して造られたのではないか?

そしてその創造主が自然の一部として最も愛して造られたのが私たち人間。その最も尊い人間の尊厳をないがしろにして、モノを大切にしてしまっているのが偶像礼拝。

その意味の偶像礼拝は殆どの”宗教”がやってしまっていると思います。いわゆる”宗教家”の中でも、本当に”人”を大切にする方がおられますね。そのことに救いを感じます。


Posted by ピーメン at 2007年07月26日 01:53
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百万本のバラと京成バラ園
Excerpt: Вы знаете песню 《Миллион Роз》 которую То
Weblog: スタヤーチ:(鉄道、コウノトリ、詩、諸々の話題)
Tracked: 2007-09-07 00:12
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