音楽のいわゆる”ギョーカイ”の人たちが使う言葉、
”シロートさん”について。
こういう言葉を使う人は一体どんな意味で使っているんでしょうね?
「ウチは”シロートさん” には歌わせないから・・・」
(某ジャズライブハウスのママさん)
「”シロートさん”は、コード(和音)が変わっても同じ音で伸ばしている。」(某自称作詞家さん・・・聞いたことのない名前・・・)
アマチュアの歌手やプレーヤーのことを”シロートさん”と呼んでいるのでしょうかね?プロ/アマならば、上手い下手に関係なく、お金をもらって歌う/演奏する人がプロ、もらわないであるいは払ってする人がアマチュアですね。
ところが、”シロートさん”という言葉を使う人たちの頭の中では、
”シロートさん”=”ヘタクソ”という図式が出来上がっているようです。
これが手品の世界ならば、プロよりうまいアマチュアはいくらでもいるわけでして
・・・国立国会図書館主査を勤められた故 高木重朗先生は”アマチュア”マジシャン”でしたが、海外からの文献を最初に目にするため、手品の情報・知識においては右に出る者はなく、プロのマジシャンでも一流の人は大抵高木先生の門をたたいたといわれます。
また岐阜市在住の、本業が歯科医の沢浩先生もアマチュアですが、
並みいるプロマジシャンにひけを取らず、マジックのタイトル
”石田天海賞”も受賞しています。
では、音楽の”ギョーカイ人”の言う”シロートさん”とは
何のことか???
現実にお金をもらって音楽をやっている人が”プロ”と言っても、
お金をもらうに相応しいとは限らないわけですね。
シャンソンをフランス語で歌わない(歌えない?)シャンソン歌手、
英語がからっきしダメなジャズのライブハウスのママさん、
西洋音楽はジャズだろうがポップスだろうが古代の教会音楽や
聖書とは切り離せないにも関わらず、ぴーめん(^^♪が聖書に
言及するとすぐに”宗教!”呼ばわりして非難する某マスター・・・
”シロートさん”と言ってアマチュア(時には”お客様”)を
軽蔑する人たちは、自分たちが一体何の”プロフェッショナル”
なんでしょう????


プロ論とアマチュアリズム。
オリンピックにも通じますね。
「ダッタン人の踊り」で有名なロシアの作曲家ボロディンは、本業は化学者で、いわゆる日曜作曲家でした。
音楽以外のロシア芸術家(文学・絵画など)のアマチュア作曲集CDというのがありますが、音楽のプロにはないにしろ、なかなか人並み以上のものがあります。というのも、昔は、ある程度の階級以上は、皆音楽をを習うのがならわしだったそうですから。
面白いのは、日本の古い商家で、家に専門家を招いて能・雅楽・和歌・古典文学を習い、その域はプロ並みというものだそうです。
ROMしてくれていたことを知って感激!です。
ところで某教会の聖職者さんは、名実ともに
”プロフェッショナル”なんでしょうかね?
フィルメンくんみたいに博学なところが全然
彼には感じられないんですね。